“型破り”でも、父が残した工場を守りたい——人口1,700人の町工場がAIを導入。生産効率4倍、製品不良ゼロを目指す

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“型破り”でも、父が残した工場を守りたい——人口1,700人の町工場がAIを導入。生産効率4倍、製品不良ゼロを目指す

Text : なかがわ あすか / Photo : 山田卓哉 / Editor : 佐々木将史

「人口1,700人の町で、AIを導入した工場がある」

そう聞いて訪れたのは、岐阜県のほぼ中央に位置する郡上市の和良(わら)町だった。広大な山々と川に囲まれたこの地域には、コンビニも外食チェーン店もない。最先端の技術を取り入れている工場があるとは、にわかには信じられない。

和良工業は、こじんまりとした、よくある町工場のように見えた。ゴム製の自動車部品を生産する同社は創業以来、作業員の目視で行ってきた検品作業にAIを導入し、人手不足の解消と、生産効率の大幅な向上を目指している。

「周囲からは猛反対されました」

同社の代表である川尻寿久氏は、導入の経緯を振り返りそう話す。だが川尻氏は反対を一人で押し切り、AIを実装したという。

一体、何が彼をそこまで突き動かしたのか。導入からの軌跡を辿るなか、川尻氏がAIに託した“和良工業の未来”にかける想いを垣間見た。

創業者の父から継いだ会社が、深刻な人手不足に陥る

和良工業が主に生産するのは、通称「マフラーハンガー」と呼ばれる自動車の防振ゴムだ。トヨタ自動車の『プリウス』や『アクア』といった車種にも使われる同製品を、和良工業は年間で約800万個生産している。

今から約30年前、中学校で理科教師をしていた川尻氏の父親が、定年退職後に同社を立ち上げた。3人兄弟の末っ子として誕生した川尻氏は、当時、高校1年生だった。

「家族のことを考え、定年後も働き続ける必要があると考えたんでしょうね。父はものづくりや科学に関することは好きでしたが、ゼロから工場を立ち上げるのは大変だったと思います」

病気に倒れた父親に代わり、川尻氏が工場を継いだのは18年前。大学卒業後、名古屋で公務員として働いていたが、兄弟と話し合った末に「自分が継ぐしかない」と腹を括った。

耳慣れない専門用語、扱い慣れない機械——現場で手を動かしながら、製造業のイロハを体に叩き込んだ。月日が経つにつれて慣れていったが、やがて工場が抱える課題に頭を悩まされるようになる。

深刻な“人手不足”による生産効率の低下だ。

「町全体で少子高齢化が進み、うちで働く検査員も半数以上が50代を超えています。新しく雇いたいのですが、1,700人ほどの町ですから、とにかく人が集まらない。

あまりにも人がいないので、海外実習生の受け入れも始めました。しかし、制度の都合上、3年で帰国されてしまう。時間をかけて教え込んだ技術も継承されないまま、また新しい実習生を迎え入れなくてはいけません」

特に人手を要するのは、製品不良の有無を確認する「品質検査」だった。和良工業が生産するマフラーハンガーの場合、熟練作業員は1個あたり4秒で検品をするが、新人は8秒かかる。川尻氏いわく、ミスなく素早く検査をする技術を身につけるためには最低でも半年はかかるそうだ。

ゴム製品は色が黒く、人の目では微細なキズを見逃しやすい。川尻氏は、製品不良の見逃しによるクレーム対応にも苦しんでいた。

「製品不良を見逃した場合、納品先へ直接出向いて謝罪し、同じタイミングで納品した全製品の見直しを余儀なくされます。製造コストはもちろん、心身にもかなりの負担がかかっていました」

工場を守るためにAIの導入を決意、周囲からは反対の嵐

そんな折、川尻氏は名古屋で開かれた製造業向けの勉強会に参加。会のなかで、ゴム製品の検品を可能にするAIがあることを知る。2年前のことだ。

「樹脂やプラスチック製品対象の品質検査AIがあることは知っていたのですが、弾力があり不良の検知が困難とされるゴムにも対応できるものがあるとは知らず……。勉強会で『うちのマフラーハンガーにも、品質検査のAIを導入できますか?』と相談したら、即答で『できます!』と教えてもらったので驚きました」

人手がかかる品質検査をAIに任せれば、人材不足の解消につながるほか、一度の機械学習で技術は半永久的に継承される。「工場を残していくためには、AIの力を借りるしかない」と、川尻氏はすぐに覚悟を決めた。

ところが、周囲は猛反対だった。

「家族や社員からは、『AIに品質検査を任せられるわけがない』と言われましたね。創業時から全製品の品質検査を目視のみで行ってきた、という自負もある。自分たちの目でやってきたことを、よく分からない機械に任せることが未知数で、不安だったんでしょうね」

“型破り”な決断に、非難の嵐はやまない。だが、川尻氏は諦めるわけにいかなかった。

定年退職をした父親が、自分の進学費用を工面するために立ち上げた工場。病に倒れた父親に代わり「跡を継ぐ」と決めた、あの日の覚悟──。周囲を説得することは、父親が残した工場を守ることでもあった。

「昔から一度決めたことは、最後までやり遂げないと気が済まないんです。AIの導入も自分が決めたことなので、周りの説得も含めて責任を持ってやろうと。周囲には『やってみないことには何も分からないから、とにかく行動に移してみよう』と言い続けました」

その熱意に押され、最終的には周囲も説得を聞き入れていく。人材不足や生産効率の低下といった課題と、それを乗り越えるための“一手”を打つ必要性は、彼らも感じていたのかもしれない。

こうして、和良工業は新たな一歩を踏み出した。

生産効率は4倍アップ、製品不良クレーム0件を目指す

AIの導入には、約1,000万円が必要だった。通常、簡単に手を出せる金額ではない。

だが、「ものづくり中小企業支援」の制度があることを知っていた川尻氏にとっては、さほど大きな問題ではなかった。この制度は、新しいものづくりやサービス開発に挑戦する中小企業と小規模事業者を支援するため、中小企業庁が主導している。

川尻氏は満を辞して支援申請をし、無事に審査を通過。導入にかかった総費用の2/3を補助金で賄うことができた。

和良工業が導入した「品質検査AI」は、黒色ゴム製品についた0.1mmほどの微小な傷であっても、高精度で検出できる。川尻氏は、生産されたゴム製品の検品工程に同サービスを組み込むことにした。

「これまでは出来た製品を作業員が目視でチェックしていましたが、今では品質検査の装置に製品を置けば、AIが瞬時に不良の有無を判断してくれます。AIの導入前は熟練作業員でも1個当たり4秒かけていましたが、今後は1個あたり1秒以内の検品を目指しています」

実現すれば、単純計算で4倍の生産効率ということになる。実際、今回の導入により、それまで検品に10名前後を要していた作業員の数は、4名に削減できた。現在はAIと作業員が同時並行で検品作業を実施しているが、数年後にはAIのみで検品を行う予定だという。

だが、早いだけでは意味がない。肝心なのは「正確性」があるかどうか。

「AIが検知するキズには異物が混ざったときの不良である『焼けゴム』、注入痕による『エグレ』、線のようなキズが入る『流れ傷』の3種類があります。『焼けゴム』と『エグレ』に関しては現段階でほぼ100%検知できていますね。『ながれ傷』に関しては、AIの勉強材料となるサンプルが十分に揃っていないのですが、今後は対応していきたいと考えています」

現時点で製品不良のクレームは、1件も発生していない。

導入から半年以上が経ち、AIへの疑心暗鬼は取り払われてきたという。「今は機械でここまでできるのかと、彼らも驚いています」と話す川尻氏の横顔は、安堵に包まれていた。

AI導入により培ったノウハウを、外へ広めていきたい

力強い“仲間”が増え、和良工業の勢いは加速する。工場のこれからを尋ねると、川尻氏はまっすぐな目でこう答えた。

「現在、全部で4つある製造工程のうち、すでに2つが機械によりほぼ自動化されています。検品の自動化が完了すれば、3つ目が自動化されることになります。数年内に全行程の完全自動化を目指したいですね」

AIの導入は、人手不足や生産効率の問題を解決へ導いただけではない。何より川尻氏に自信を与えるきっかけになった。自信は、「言葉」に表れてくる。

「AI導入による自社の取り組みを事例化・マニュアル化し、同じような課題を抱えている製造業にも提供していけたらと思っています。品質検査AIに関するこれまでのノウハウを、自社にとどめることなく、もっと外に広げていきたい。知り合いの製造業はどこも同じような悩みを抱えていますし、製造業全体がもっと盛り上がってほしいですから」

川尻氏の視点は、確実に“未来”へと向かっているようだ。

窓から差し込む陽光が、ほの暗い現場を照らす。和良の工場に、製造業の新時代の始まりを見た気がした。

フリーライター。1994年生まれ。学生時代に国際交流事業に携わるなかで、スロバキアに興味を持ち、長期留学を決意。その体験記を旅行メディアで執筆し始めたことをきっかけにWEBメディアの魅力を実感。帰国後は名古屋・東京の複数メディアで本格的に執筆を始め、フリーペーパーの営業・編集を経たのち、フリーランスの道へ。執筆領域はビジネス、ライフスタイル、グルメなど。

なかがわ あすか

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